「幼児期の『言葉による虐待』をより理解するための参考に」 2011/12/01一部改定

「幼児期の『言葉による虐待』をより理解するための参考に」

2011/12/01一部書き換えました。これから随時書き換え、入れ替え等していく所存。内容に不満足な点が多く感じられるようになったので。少しずつ気菜になるところからはじめます。宜しく。管理者tessen36

続いて

不満足で書き換え等が必要な箇所

1.幼児虐待の特殊性 以後の各所

2.精神的虐待の社会に及ぼす影響の問題 などを予定

[ はじめに ]

私の妻は、幼児の頃から成人するまで継続的に精神的虐待を受け続けました。幼児期にすでに心に深く傷を負わされ、その傷から生じた様々な精神的な障害のために、45歳の現在、幼児期の虐待の悪夢から抜け出ることも出来ず、就業も出来ない廃人に近い生活を送らざるを得ない状況にまで貶められています。

この妻と出会って以来27年間、いつもそばで、その苦しむ姿、加害者達への恨みなどを一緒に記憶の中から拾い出し確認しながらメモとして、そこから再構築して表せるようになって来ました。この間十年以上かかりました。

この間に考えたことを元に、いまだ社会から忘れられたままの幼児期に精神的虐待の被害者になった人たちを探し出し、救済する道を探るために少しでも役立てばとおもい作った資料です。

いまだこうした現状に関心のうすい公衆への啓蒙活動などの参考資料としてなどに活用してもらいたいと思います。。

 

) 私の妻が受けた幼児期からの虐待の詳細や、関係官庁、地方自治体との交渉、法的問題などの記述は、私達夫婦の開設したインターネットブログ「『毒になる親』の問題」に掲載してあります。201010月から掲載し始めて、2011年4月はじめで200件以上の記述を公開。以後、2011年12月時点で600件以上にまで掲載数も増えました。


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[参考文献]スーザン・フォワード著『毒になる親』 全国民に読んでもらいたい名著。幼児虐待に関心のアル方、関係機関の方には必読の書。また、医師、弁護士にも被害者の立場の観方を知る意味で有用な書。

 

 

[1]幼児虐待の問題を考える

幼児虐待の中で『言葉による虐待』などの精神的虐待についての対応の遅れとそのとらえ方に問題があると思うようになりました。

対応が遅れているのは、この虐待の被害者の把握が困難な事、又虐待に被害者本人を含め当事者達も気づきにくいなど一般の人には実体が伝わりにくい虐待

『被害者が幼児』で『加害者が親(または保護者)』という『幼児虐待』に特異的な関係をもう一度見直してみることと、もう一点、難しい蹴れども、精神的虐待被害者の実体験を基にした対応の考えが何よりも大切と思います。絶対にひがい者しか知らない問題があると思います。この種の虐待への理解のために被害者の生の情報がぜひとも必用だと思います。

 

[ 幼児期虐待の特殊性 ]

 

 幼児にとって親は『絶対的』で『絶対の信頼をもって頼れる』存在だということ。

これが被害者と加害者という関係になるということが、「『幼児の立場から』はどういうことなのか」を考えないといけないのではないでしょうか。

大人の尺度・観方だけで被害者の幼児の心理を推し量り語ることは、過ちを起こす危険があると思うのです。

 幼児期の虐待の及ぼす問題を大変に解りやすくよく書いている本があります。スーザン・フォワード著『毒になる親』です。名著として取り上げられ、すでにご存知の方も多いでしょう。

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 以下に、この本の中から、『言葉による虐待』に関する記述を抜粋の形で引用します。

[ 引用-1 ]

どんな親でも時には口汚い言葉を子供に浴びせることはあるかもしれないが、それだけでは必ずしも言葉による虐待ということにはならない。だが、子供の「身体的特徴」、「知能」、「能力」、「人間としての価値」などについて、”日常的かつ執拗に”、ひどい言葉で攻撃を加えるのは虐待である。

 

[ 引用-2 ]

もし母親がいつも「お前はバカだ」と言い続けているなら、私はバカなのだろう。もし父 親が「お前は無能だ」と言っているのなら、私は能の無い人間なのに違いない、等々。小さな 子供には、親によるそのような評価に疑いを投げかけることはできない。

 

[ 引用-3 ]

言葉で傷つける親には「コントロールしたがる親」と似た、きわだった二種類のタイプがある。そのひとつは、はっきりと悪意のあるひどい言葉や汚い言葉で露骨にののしるタイプ。もうひとつは、一見悪く言っているようには聞こえない「からかい」、「嫌味」、「屈辱的なあだ名」、「はっきりとわからない微妙なあざけりやけなし」などの、より陰険な方法で執拗にいじめるタイプで、これはしばしばユーモアという外見を取りつくろっている。

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[ 幼児期に虐待を受けることの問題性とは何か ]

 

引用-1と引用-2 の記述は、言葉による虐待の特質を述べていてねとくに注意して欲しい。被害者にとって絶対的な存在の大人から言われることはねたとえ大号で怒鳴ったりののしられたりというのでなくても幼児には十分圧迫であり恐れや屈服などを呼び起こす。

また、親が加害者ということは、子供と常に一緒にいるということで、たとえ「避けたい」『逃れたい』と思ってもそれは不可能な関係ということだ。

したがって、『子供は継続的に繰り返しこのような言葉を浴びせられる』ことになってしまう。

こうして繰り返されるうちに、子供の心には『染めつけられる』様に、こうした言葉が自分のもののように、『なじむかのように感じられる』となってしまう。(『毒になる親』では、「親の言葉は内面化する」と表現されていた。)

 この『内面化』とも言われる作用によって、『被害者は虐待された』ことの認識が曖昧になることがある。あまりに繰り返されて『あたかも普通のこと』と認識するように働くことで、加害者の言動と被害とが直に結びつかず、結果として『虐待被害に気がつく時期が遅れる』という問題が起こるとも考えられる。

 

[2]幼児期の言葉による虐待によって起こる後遺症

「幼児虐待の結果は月日が経過してから現れてくる」

------------------------------(『虐待体験による子どものトラウマの特徴』から)

幼児期に虐待などにより『心の傷』を受けた子どもは、『自分の周囲にある環境』や『自分と関係を持つ他者』を危険で信用できないものと認識するようになる。

 この虐待環境が継続する場合や、くりかえし繰り返し受けた場合には、その子供は人よりも強い周囲への警戒心と『自己防衛』本能を身につける。

 この人より強い警戒心や自己防衛は、虐待・いじめなど『異常な場合』には役に立つが、ごく『普通の社会生活』における対人関係などにおいて『違和感』が強く際立ってしまう。

 

[3]最近の報告から

『親の言葉の暴力』は、強力な虐待の形態である

------『言葉による虐待が能に損傷を与える』-------------

親の言葉の暴力、子供への言葉による虐待は、身体的な虐待と同等以上に、後年に精神病を引き起こす可能性が高くなる。
『言葉の攻撃による虐待』は子どもに、ある特定の傷つきやすい脳の領域の発達に影響する、ストレス要因である。結果として精神的な病を引き起こす可能性が高くなる。

『解離』とは、記憶や意識、知覚など、本来ならば一人の人間に中で、連続かつ統合しているはずの精神機能がうまく統一されていない状態
通常の白昼夢から選択的記憶喪失まで及ぶ、経験のある局面をブロック、遮断している状態

「虐待を受けた場合、自我を守るために、その出来事が、自分とは違う「別の誰か」に起こったことだとして解離して、その間の記憶などを忘れてしまう。」

重度のものが解離性同一性障害、多重人格

言葉の虐待の結果を、過小評価するべきではない。そして、親は、子どもに対して発する言葉に、もっと注意を払う必要があると警告。

 

 

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